October 6, 2011

Jobs


ここ数年というものの、重大なニュースは必ずといってよいほどTwitter経由で知る。私はEchofonのMac用デスクトップクライアントを常に立ち上げているのだが、米国時間10月5日水曜日のこの日も、ふとフィードを覗き込んだ瞬間にそのニュースがが目に飛び込んできた。Echofonのスライダーを上下すると、どこもかしこもジョブズ訃報のツイートが溢れかえっていた。www.apple.comのリンクをクリックすると、そこには「Steve Jobs 1955-2011」のストリングと公式のメッセージが表示されており、まぎれもない事実を確認した。

私が最後にジョブズを生で見かけたのは今年6月3日のこと。WWDCの2日前、パロアルトのカリフォルニアアベニューにある日本料理店でのことだ。この店に行くとジョブズをよく見かけたが、彼はいつもカウンターの一番端の席に座っていた。6月3日はランチタイムに店に入ったのだが、ジョブズがいつも座っているカウンターの一席に案内された。あれ、これはジョブズの席だ、と思いながら座っていると、ひょろりと薄い影が近くをかすめ、私が座っている真横のカウンター席にジョブズが腰掛けた。カウンターの中のシェフたちのあいだに緊張した雰囲気が立ち込めたが、それでも「Hi Steve!」などと気さくに挨拶をして注文を取るのを私は真横に座ってそっと観察していた。彼はガリガリにやせ細ってはいたが、それでも健康そうに見えた。少量の寿司を注文し、iPhonee4でしきりに話をしていた。私が調べ物をするために自分のiPhone4を取り出すと、それを見てふっと笑を浮かべた。食事の最後に胡麻アイスを注文し、その後、いつものように裏口からそっと出ていった。

私がシリコンバレーに来たのは1997年のことだ。これはかつてアップルを追放されたジョブズが同社に復帰した年だが、その頃アップルは瀕死の状態にあった。引っ越してきたばかりの私を連れてシリコンバレーの街を案内してくれた友人は、「あそこも元はアップルのオフィスだったんだけど閉鎖になってね。」といくつかのビルを指さして話してくれたものだ。その翌年に私が就職した会社は、たまたまアップルと非常に縁の深い会社で、どこのチームにも必ず数人はアップル出身者がいたし(多い時はチームの半数以上のこともあった)、その会社からアップルに転職する人も多かった。開発の仕事をしていて、Mac OS関連のAPIの解説はウェブの資料を見ても不明確なことはよくあるが、そんな場合も大抵まわりの誰かが、実はそのAPIは自分が書いていただとか、元同僚が担当しているので直接コンタクトして聞いてくれるだとか、そういう環境だった。彼らの多くはアップルの製品について話し出したら止まらない人ばかりで、私がアップルの熱狂的ファン・信者に出会ったのはそうした同僚が初めてだった。

その会社の大半の製品のコードはWindowsとMacintoshのデスクトップのビルドをクロスプラットフォームをサポートするものだったから、エンジニアには必ず両方のプラットフォーム用に最新機種のマシンがリリースされるとすぐに支給される恵まれた環境だった。面白いのは、Dellの新しいマシンが支給されても誰も騒がないのだが、Macの新しいモデルが入るとそれは大変な騒ぎ、盛り上がりようになるのだった。98年に発表された、iCandyのテーマがぴったりのポップなカラーのiMacシリーズ。開発用のマシンがG3の搭載されたベージュモデルから、カラフルなブルーとホワイトのボディに切り替わった瞬間、そしてそれがアルミナムボディに進化するまでの楽しい変遷期間。クラシックOSからOS Xへの大胆なシフト。このシリコンバレーで、そうした進化をまさに肌で感じ取れるような環境でソフトウェアの開発に従事することができたのは大変な幸運であった。そして、iPhoneが発売されてからというものの、益々その勢いがつくなかで、アップルファンの友人たちと発売日に早朝から行列するというお祭り騒ぎに参加できたことは一生の思い出。

ジョブズがこの世からいなくなってしまったことで、ひとつの時代が幕を閉じてしまったのだけれど、なんだろう、本当にひとつの時代を共にすることができた偉大な人物の死というものは時の流れの速さを感じさせる。ジョン・レノンが亡くなったとき、それは世の中に大きな衝撃を与えたのだろうけれど、当時、自分はあまりにも幼い子供であったので、その本当の意味は理解できなかった。ジョン・レノンは、私にとって過去の歴史を学んで知った人物にすぎない。しかし、マイケル・ジャクソンが亡くなったときは違った。自分の思春期に大スターだった彼、その彼の葬儀に、かつて世界一の美女として一世を風靡したブルック・シールズが歳をとって現れスピーチをする。時の流れを感じた瞬間であった。今回のジョブズの死からも同じような衝撃を受けた。同じ時代を生きているということ、そしてその流れというものをせつなく感じた。

シリコンバレーはここ数日、まるでジョブズの死にあわせたかのように空が曇り雨がぱらついている。


2 comments:

Koichi Hirano said...
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Koichi Hirano said...

素敵な体験の共有、ありがとう。