先日、
Kindle Fireが正式に発売になり、ネットはその話題で持ちきり、周りの友人の多くもAmazonから届けられたその新ガジェットに夢中になっているようである。私は購入する決心がつかず、予約注文をしないまま今日まできてしまって、手元に何もないので今回は書評でも。
渡部 昇一
講談社
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「知的生活の方法」、ちょっと気恥ずかしくなってしまうようなタイトルである。本屋のレジに知り合いが座っていたら購入をためらってしまうだろう。「xxの方法」といった題名の本は、さらりと実用的に書かれた軽い内容のものを連想しがちだが、英語学者の渡辺昇一氏が書いた本書はさすがにそんなペラペラとしたものではなく、文学的というか文化的情緒に溢れた一冊である。「読書の愉しみと重要性」が主なテーマとなっているこの本では、外国語で書かれている書物の読み方からはじまり、本の収集や管理法、後半ではカントやゲーテの私生活についての考察まであり大変味わい。例えば、カントは毎朝かっきり5時15分前に召使に起こしてもらい、起きると紅茶を2杯飲み煙草を一ぷくすう。夜は10時に就寝する7時間睡眠。脳の疲労予防にチーズを愛好したという食事メニューのサンプルなど、面白い話がたくさん出てくる。
渡辺氏は、本は読みたいときに取り出せることが重要であり、「知的生活とは絶えず本を買いつづける生活である。したがって知的生活の重要な部分は、本の置き場の確保ということに向かざるをえないのである。つまり空間との格闘になるのだ。」という。成功している学者や作家は、手許に膨大な書物を持っていて、それらの文献をいつでも参照することが出来る、つまり手許に本を置くことが力になっているというのである。プライベート図書館を数千万や億単位の金をかけて建てることができる流行作家と一般人では、経済力、空間力が違う。例えば、トルストイは「戦争と平和」を書くために、小さな図書館ぐらいのナポレオン戦争の資料を集めて手許に置いたそうだが、他にも書物を置くだけのためにマンションの一室を借りるだとか、図書館を庭に建てるだとかの話が挿絵入りで解説されている。
渡部 昇一 下谷 和幸 P・G・ハマトン
講談社
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「知的生活の方法」は1976年発行であるが、ハマトン著の「知的生活」をモデルに書いたのだと渡辺氏はいう。ハマトンの「知的生活は」1873年が初版であり、ビクトリア朝のイギリス人を対象に書かれた良書なのでそれを現代風に、「本書はハマトンにくらべれば小さい本ではあるが、彼にならって、私の体験をもとにして率直にまた具体的にのべた」と前書きにある。さて、渡辺氏が書いたのはハマトンから100年が経ってからだが、それからたった35年ほどで書籍の世界には大革命が起きようとしている。15世紀のグーテンベルグによる印刷技術の普及からずっと続いた紙の本の歴史に、ついに電子書籍による大変革が起きたのである。渡辺氏が説く「情報の収集」と「書籍を管理するための空間力」は莫大な富や権力を持っている人だけの特権ではなくなりつつある。置き場所がなくても、世界中の何処に住んでいようとも、ネットにアクセスできて電子書籍リーダーがあればトルストイや他の成功している作家と同じような蔵書を持つことが可能になったのだから。2007年に出版された梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」のなかで、梅田氏は「知的生活の方法」で渡辺氏が主張している「蔵書を持ち続けることの重要性」の一節を取り上げ、次のように述べている。
「ネット上にアレキサンドリアの理想通りの万能図書館が誰にも無償で開かれる時代には、そのことの意味も相対化されていく。充実した知的生活を営むためには、そこに注ぎ込み得る時間こそが希少資源となったのである。間違いなく十年後には、知的生活を送りたい人にとって最高の環境がウェブ上にできあがっているはずだ。環境をもつための努力ではなく、誰にも与えられる最高の環境をどれだけ活かせるかに知的生活のポイントが移行する。知的生活に惜しみなく時間を使えることこそが最優先事項となろう。」
渡辺氏は100年前に書かれたハマトンを当時の現代風に書きかえた。渡辺氏が「知的生活の方法」を書いてから約30年後、ネットによる世界の大変化とそこでの最新版知的生き方を記したのが梅田氏なのである。
梅田 望夫
筑摩書房
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