November 13, 2011

アメリカの本当の強さ 〜 シリコンバレーの文化とPay It Forwardの精神


Pay It Forwardという映画がある。アメリカで2000年に公開されたこの映画、テーマが素晴らしいのに陳腐な恋愛物語になってしまっていたのが残念な印象だったが、その美しいテーマゆえに時々思い出す。11歳の少年が学校で「世界を変えてみよう」という宿題を出されるのだが、少年が考えたのは、誰かから親切にされたら、それをその相手に返すのではなく別の3人に親切にして伝えようということだった。親切にされた3人それぞれが、また別の3人に親切にすると、次は9人、そしてそれが27人になりという具合に累乗で無限に増えて行って世界がよい方向に変わると少年は考えたのだ。

私はアメリカに始めてきた時に、このPay It Forwardの精神をカルチャーショックの一つとして感じたのを鮮明に覚えている。異国からやってきた私に対して、見ず知らずの人が親切にしてくれ、必要な情報や物を無償で提供してくれるのだ。要するにボランティア精神なのだが、そこには見返りに対する期待は全くない。むしろ、お礼をするとちょっと驚かれることの方が多い。日本人は親切な人が多く「恩返し」の風習がある。「鶴の恩返し」だとか、「恩返し」をテーマにした日本独自の寓話の多さにもそのカルチャーは表れている。日本は国土が狭く、古来定住民族なので恩を受けたら、同じ相手にお返しをすることが容易だ。しかし、移民で構成されているアメリカの歴史とカルチャーを考えれば、むしろ同じ人に恩返しをしようと思ってもそれは難しい場合のことの方が多い。西へ西へとフロンティアの開拓を進めてきた時代に始まり、今でさえ、この国の人は実によく引越しをする。移民としてやってくる人たちは、この国に到着したときに誰も知り合いがいないことも多い。そんな風土で育まれてきたカルチャーがPay It Forwardなのだろうが、私はそれがこの国が繁栄してきた理由とその本当の強さなのだとつくづく思う。同じ人の間で完結してしまわないで、よいことはどんどん次々と先送りして伝えていく。それが結果として全体をよくすることになり、自分も世界も幸せになる。日本の恩返しの文化も美しいと思うが、ちょっとこのPay It Forwardの精神も取り入れてみれば、狭い国であるがゆえ、その効果も伝播速度と循環も速いだろうから、ポジティブな効果がてきめんに現れるかもしれない。

さて、先日JTPAで「日本人のシリコンバレーでの起業について」というテーマで本間毅さんに講演していただく機会[1]があったのだが、本間さんはその講義でもブログでも「 頂いた恩を、次の世代にかえしたい 」ということを強調されている。

起業した頃、お世話になっている先輩経営者に尋ねたことがある。「僕はまだお金もないし、そうやって助けてくださったことに対して、どうやって恩返しをすれば良いのでしょうか」 
彼は言った「そんなことは気にしなくて良い。君がいつか誰かを助けてあげればいいんだよ」と。思えば私はその言葉に忠実にやっているだけだ。

こんなこともきっかけで、忙しい仕事の合間にボランティアで起業家の支援をされているという本間さんが起業されたのは日本だから、これは日本人の方からのアドバイスなのだろうが、結局シリコンバレーの起業にまつわるエコシステムもすべてこの「次に伝える」という精神が中心にある。

AppGrooves Inc.を共同創業し、シリコンバレーの日本人起業家として活躍されている柴田尚樹さん[2]も、いつも同じようなことを言っている。「ここ2ヶ月間くらいで、一生かかっても恩返しできないんじゃないかというほど、いろいろな人に助けていただいているのです・・が、これってやはり自分よりも若い人に同じようにしてあげる以外に方法ないですよね。」

本間さん、柴田さん、とご紹介したので、シリコンバレーでPay It Forwardのスピリッツ的活躍をされている日本人をもうひとり。上杉周作さんだ。上杉さんも10月にJTPAで講演してくださったのだが、目下Quoraのエンジニアとして活躍中、Facebookでは「ちびこーど」というサイトを運営し、日本にいる若い人達のために様々な教育関連の講義や議論を展開している。最も最近では、「日本のITスタートアップの方へ。パワポと資料送ってくれたら、タダで英語のピッチ作ります。」という試みで日本の起業家の支援をしている。彼はまだ23歳、並外れた行動力とインテリジェンスの持ち主である。ちなみに、JTPAではほぼ毎月ギークサロンなどのイベントを開催しているが、来月12月は上杉さんに企画の運営ボランティアをお願いさせていただいた。何でもご自由に、好きなようにやってくださいと伝えてあるのだが、どんなテーマになるのかとても楽しみだ。

私自身も、アメリカに来てからこのPay It Forwardのカルチャーを肌で感じ、実に多くの人たちに親切にしてもらい、先輩達からチャンスをもらってやってきた。JTPAでのボランティア活動もその一環なのだが、これからも次の世代の人たちに自分がもらったものを伝えていきたい。



-------------------------------------------
[1] 本間さんの11月11日のJTPA講演での録画とプレゼン資料はこちら
[2] 柴田さんの日経Bizアカデミーでの連載、「シリコンバレー起業日記」がすごく面白いです。シリコンバレーにおける起業のエコシステムがよくわかります。

No comments: